【ドラゴンズ回顧録】浅尾拓也──大ピンチに現れる男、歴代最高のリリーバーを語る

ドラゴンズ歴史・回顧

■ 必ずピンチで出てくる、そして抑える

浅尾拓也という投手を語るとき、まず思い出すのはあの登場シーンだ。イニング途中、しかも大ピンチ。ランナーが二人も三人も出た場面でブルペンから姿を現す。普通の投手なら萎縮する場面で、浅尾は何事もなかったかのように打者と勝負し、そして抑えた。一度や二度ではない。それが続いた。信じられない投球が当たり前のように繰り返された時期があった。

■ フィールディングは歴代NO1

ピッチングの凄さはもちろんだが、浅尾の真骨頂はフィールディングにもあった。抜群の身体能力を生かした守備は、投手としての次元を超えていた。打球への反応、送球の正確さ、全てにおいて他の投手とは別格だった。おそらく歴代NO1のフィールディングを誇る投手と言っても過言ではない。

■ 79試合、しかしもっと投げていた印象

2011年の登板数は79試合とされているが、数字以上に投げていた印象が残っている。それだけ記憶に刻まれた場面が多かったということだろう。ただ当時の起用を振り返れば、酷使という言葉では足りないかもしれない。先のことを考えていない、その一言に尽きる使われ方だった。あれほどの投手を壊してしまったことは、今も悔やまれる。

■ 浅尾から岩瀬へ、黄金の方程式

落合監督時代、勝利の方程式は浅尾から岩瀬へのリレーで完成していた。浅尾がたった一人でその橋渡し役を担い、チームを支え続けた。岩瀬の記録と名声の陰で、浅尾の貢献がなければあの時代のドラゴンズはなかった。

■ 甘いマスクとともに永久に記憶に残る

投球の凄さだけでなく、甘いマスクも相まって浅尾は竜党に愛され続けた。大ピンチで現れ、涼しい顔で抑えて去っていく。その姿は永久に中日ドラゴンズの歴史に刻まれている。

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